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「創作インセンティヴの増大は、牛すじ1皿分か 〜19世紀英国における著作権保護期間延長をめぐる議論〜」
RC 今村哲也
現在の英国における著作権の原則的な保護期間は、著作者の生前と死後70年である。これはECの保護期間ディレクティブ(1993年)に合わせたものであるが、歴史を振り返ると、英国が最初に著作者の死亡時起算の保護期間を取り入れたのは、1842年の法改正に遡る。 1842年の文芸著作権法では、書籍(books)は、創作者の死後7年又は発行から42年のうち、より長い方の期間、保護期間を与えられた(Literary Copyright Act 1842, [5 & 6 Vict. c.45.])。
ただ、同年の改正に先だって、英国議会では幾つもの法案が提出なされており、保護期間拡大の主唱者であるトマス・タルフォード議員(Thomas Noon Talfourd)は、著作者の死後60年までの保護を目論んで、たびたび法案を提出していた。 タルフォードは、老いた詩人のワーズワースと親交があった。彼が、若い扶養家族を多く抱えていたワーズワースに影響を受けて、家族の扶養を確保するために著作者の死後の長期間の保護を求めたのは有名な話である。 また、タルフォードは自然権として著作権を捉えており、永久著作権を望んでいたのだから、法案で示された死後60年までの保護というのも、実のところ彼にとっては妥協の産物である。
タルフォードの法案は、出されるたびに廃案とされており、1842年法の直前に出された1841年法案も同様であった。ただ、この1841年法案の審議の際には、『英国史』で有名なトマス・マコーレイ議員(Thomas Babington Macaulay)から明確な反対が示され、そのときのマコーレイの演説は有名で、今でもしばしば引用されることがある(以下、一部抜粋)。
「・・・では、1841年に著作権が存在し、そのことを認識していたとして、ジョンソン博士(※1)の刺激の源になっただろうか。そのことが彼の努力を促しただろうか。 それはいちどでも彼を昼前にベッドから引き摺りだしただろうか。それはいちどでも腹立ち紛れの彼を元気づかせただろうか。それによって彼がひとつでも多くの寓話を、ひとつでも多くの詩人の命を、ひとつでも多くのユウェナリスの名言のような理想的表現をもたらすよう誘発しただろうか。 私は断じてそうではないと考える。私は、100年も前に彼が『ジェントルマンズマガジン』に私たちの論争について書いていたとしたら、安い料理屋で牛すじ一皿を注文するための2ペンスで満足したことだろう。 彼に対する報酬を考えた場合、死後の著作権に対する20年の期間と60年の期間との間の違いは、何もないか、あってもほとんどなかったといえるだろう・・・」(※2)
マコーレイの演説の影響は大きかったようで、タルフォードの提出した法案は、45対38の7票差で否決された。
一連の議論のなかで、タルフォードは、死後の保護を認めないことが遺児達から財産の没収を意味することを主張し、マコーレイは死後の保護を認めることに対する創作者へのインセンティヴの欠如を主張した。
著作権保護期間の延長に際して、遺族の扶養の必要性から延長を求めたり、逆に、創作者のインセンティヴの僅少さから延長の必要性を否定したりする議論は、死後の保護期間自体を認めるべきかどうかについて問題となった古い時代から、論争の対象となるべき課題であったことが観察できる。それは著作権の正当化根拠に対する人々の信念と関わるからであろう。
※1 ジェントルマンズマガジンの執筆者であり英国の文芸家として著名なSamuel Johnson LL.D. (1709 -1784)
※2 House of Commons Debates, Feb.5, 1841, at 350. なお、欧米の古い著作権資料については、ケンブリッジ大学のベントリー教授らの研究グループが制作した、欧米の過去の著作権資料データベースである
Primary Sources on Copyright History(http://www.copyrighthistory.org/)
で、全文が閲覧可能である(2008年公開)。ドイツ語、フランス語、イタリア語等の古い文献も、重要なものについては英語にも翻訳されている夢のようなデータベースである。
(2008/07/23 update)
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