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「知的財産権の権利執行における執行資源の配分」

早稲田大学助手 今村哲也

 タイを訪問し、中央知的財産国際貿易裁判所の判事と議論した。タイでは、知的財産権侵害を主に刑事事件として解決する実務が定着している。 民事による解決が主流の日本とずいぶん異なる。その背景には、幾つかの制度的要因もある。たとえば、刑事手続においては私人訴追が可能であり、 私人が検察官と共に共同訴追者になることもできる。また、タイの著作権法には、判決に基づき刑事罰として科される罰金額の50%を、 権利者の申請により還付する制度もある(なお、この制度については、法改正により廃止すべきとの議論もあるようだ)。 より根本的な問題として、貧しい人々が生活のためにした事件が多いため、民事訴訟による賠償請求の制度がうまく機能しないということもある。
 もっとも、知的財産権事件における刑事司法の偏重は、こうした制度的な要因とは別のところにもある。刑事手続を活用した権利執行を推奨するという、 タイの商務省知的財産権局(DIP)による近時の政策があったのだという。DIPは、ここ数年の間、知的財産権事件について、 刑事手続を用いて解決するという方法を積極的にプロモートした。その一つの成果ともいえようか、 中央知的財産国際貿易裁判所に係属した知的財産権訴訟における刑事訴訟の割合は、当裁判所の創立以来、95%以上で推移している。
 権利を執行するためには、人的・物的な執行資源(enforcement resource)が必要であるが、国家権力の有する執行資源は有限である。 限られた執行資源を、民事司法システム、刑事司法システム、行政システムに配分しなければならない。限られた資源の配分のされかたは国家の政策そのものであり、 観点をかえれば、執行資源の配分の問題というのは国家予算の配分の問題とイコールである。たとえば、刑事司法システムを重視するのであれば、 警察機関などに一定の予算を割く必要が出てこよう。こうした場面では、国内における政治的な力学が作用することになる。 この点、タイでは、刑事司法システムに対する執行資源の配分が明らかに偏っている。それが、今のタイにとって、良いことなのか悪いことなのか、それはよく分からない。 少なくとも判事によれば、それは望ましくないことなのだという。
 知財立国を標榜する我が国は、国を挙げて模倣品対策に取り組んでいる。私自身もこうした調査研究の幾つかに参加してきた。 アジア諸国における権利執行の在り方、とりわけ執行資源の配分のされかたは一様ではない。刑事手続を主として利用するタイ。日本と同様に民事手続の利用が主流の韓国。 行政による解決が主だったが、近時、民事司法の活用が急速に拡大している中国。そもそも執行資源自体が不足しているベトナムやインドネシアなど。 どのような方向性が正しいか分からないが、押しつけはできない。TRIPS協定も、執行資源の配分については、加盟国に何らの義務も課さないことをあえて明記する。 タイの例がそうであるとはいわないが、模倣品対策への強い政策的要求が、知的財産にのみ特殊な、ゆがんだ制度状況をもたらさないとはいえない。月並みにすぎるが、 バランスのとれた制度設計こそが肝要なのである。

(2006/2/13 update)

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